情景制作のための芸術実践

修士論文 · 2026.3 · 陶器制作を起点に

はじめに

本論文では、主に陶芸の分野において作品制作および展示発表を行ってきた筆者の制作実践を基に、「情景制作」という概念について論じる。本論文における「情景」とは、単なる視覚的な風景や空間構成を指すものではなく、「人と人の関係性」とそれを取り囲む環境、さらに制作行為や時間の重なりによって立ち上がる総体的な空間を意味する概念である。

人が集い、手を動かし、会話しながら制作を行う過程において、その場固有の関係性や制作環境が生成される。本論文では、このような動的で更新され続ける空間を「情景」と捉え、それを意図的に立ち上げる芸術実践を「情景制作」と定義する。情景制作とは、完成された作品のみを目的とするのではなく、制作行為そのものを通して関係性が生成・変化していく過程を含めて捉える実践である。

日本列島においては、縄文土器が出土していない都道府県は存在せず、陶器制作はかつて、生活を成立させるために不可欠な営みであった。土を採取し、形を与え、火を通すという行為は、地域や共同体の中で共有される必然的な技術であり、特定の専門家や制度に囲い込まれるものではなかったと言える。

しかし現代において、陶器制作は工業化によって日用品としての役割を大きく変容させる一方で、「陶芸」というジャンルとしては、電気窯や専用設備、制度化された教育環境などに支えられ、制作主体が限定されやすい構造を内包してきた。特に窯という設備は、場所・資金・管理能力を必要とし、制作行為そのものを特権化する装置として機能している側面がある。

一方で、陶芸教室や陶芸体験が広く成立していることは、陶器制作が依然として人々にとって魅力的な行為であり続けていることを示している。しかしそれらの多くは、あらかじめ用意された工程や成果物を消費する体験として設計されており、生活と地続きであったかつての陶器制作とは異なる性質を持つ。

本論文では、「かつては必然であったが、現在では特権化・商品化されている陶器制作」という状況を出発点とし、陶器制作を人と人、場所、時間を結び直す媒介として捉え直すことで、情景制作という芸術実践の可能性を検討する。

序論

本論文では、ソーシャリー・エンゲイジド・アート(以下、SEA)の文脈を参照しつつ、陶芸という物質的成果を伴う制作を媒介とすることで、関係性の生成と作品性を同時に成立させる方法を検討する。その対象として、筆者が主宰する「場七陶芸部」と、企画立案および技術設計を担っている「葛尾焼きプロジェクト」を取り上げる。

両実践はいずれも、電気窯などの恒常的設備に依存せず、簡易的な焼成方法を採用することで、陶器制作に内在する設備的・制度的特権性を相対化する点に特徴がある。これにより、陶器制作は特定の場所や専門家に閉じた行為ではなく、関係性の中で共有・更新され得るプロセスとして再構成される。

特に本論文では、参加体験が一過性の消費に留まることなく、長期的な関係性や制作の蓄積へと接続されていく点に注目する。これは、陶芸教室や体験型ワークショップとは異なり、制作行為そのものが場に残り続ける構造を意図的に設計している点において、従来のSEAとも差異を持つ実践である。

本研究における実践では、筆者自身が日常的に行っている陶器制作と同一の行為を参加者と共有する。制作行為に伴う負荷や不確定性、失敗の可能性を含めた状態そのものが開示され、体験が消費されるのではなく、関係性や制作環境の蓄積として場に残り続ける点に、本実践の特徴がある。

第1章 場七陶芸部について

第1項 場七陶芸部とは

場七陶芸部は、愛知県岩倉市にある「共同アトリエ場七※1」を拠点として、筆者が主宰者として運営しているアートプロジェクトである。場七陶芸部では、基本的に毎週水曜日に複数人が集まり、粘土の成形から焼成までを一貫して行う。

参加者の多くは陶芸の専門的知識を持たず、制作経験も限定的であるため、本活動では技術習得を主目的とせず、制作過程を共有する中で関係性が立ち上がることを重視している。ここで生まれる関係性は、師弟関係や評価関係ではなく、同一の工程と時間を共有する並列的な関係である。こうした関係性が継続的に積み重なることで、場七陶芸部固有の制作環境が形成されていった。

2025年7月および11月には成果展として展覧会に参加し、制作行為と展示を往復させる実践を行った。

第2項 場七陶芸部の方法論

場七陶芸部における方法論は、以下の手順によって構成されている。

  • 電気窯など既存設備を使用せず、火起こし機やブリキ缶を用いた簡易設備にて焼成を行う
  • 制作から焼成までを同一空間で行い、工程を可視化する
  • 展示期間中にも制作や焼成を行い、行為そのものを作品の一部とする
  • 会話や共同作業の様子を映像・写真・文章で記録し、展示に再構成する

これらの方法は、陶器制作を特定の制度や施設から切り離し、日常的な制作行為として共有することを目的としている。多くのワークショップ型実践では、作家の制作とは異なる特別な体験が設定されることが多いが、本実践では筆者自身が日常的に行っている陶器制作そのものが共有される点に特徴がある。

第3項 場七陶芸部での考察とまとめ

場七陶芸部の実践は、従来の陶芸教室が持つ「技術習得中心」の構造から逸脱し、制作過程そのものを共有する場として機能してきた。展覧会では完成作品だけでなく、制作の痕跡や参加者同士の関係性が空間に可視化され、情景として提示された。

制作の現場では、隣で制作している他者の造形や行為が、作品の方向性に影響を与える場面が頻繁に観察された。例えば、他者の器の飲み口が薄く仕上がっていることに刺激を受け、自身の作品も薄く作り直すといった行為や、他者のモチーフを参照しながら新たな造形へと派生する場面が見られた。これらは模倣や指導の結果ではなく、集団の中で自然発生的に起こる変化である。

このように、他者との関係性によって制作の結末が変化していくプロセスこそが、本論文で扱う情景制作の具体的な姿である。制作が自己の内部で完結するのではなく、外部との相互作用によって更新される点において、情景制作は個人制作とは異なる時間性と空間性を持つ。一方で、本活動は主宰者である筆者の関与が大きく、運営の持続性や主体の分散が今後の課題である。しかしながら、継続的な制作によって生まれる情景が、鑑賞者にも共有可能であることは一定程度示されたといえる。

第2章 葛尾焼きプロジェクトについて

第1項 葛尾焼きプロジェクトとは

葛尾焼きプロジェクトは、2024年に参加したハマカルアートプロジェクト※2における制作を起点として発展した取り組みである。本プロジェクトでは、福島県双葉郡葛尾村の土を用いて成形・焼成を行い、「葛尾焼き」を地域における新たな焼き物として位置づけた。震災以降、文化や技術の継承が困難な状況にある葛尾村において、村民を継承者として設定し、炭窯を設けることで、陶器制作を通じた文化形成を試みている。

第2項 葛尾焼きプロジェクトでの方法論

葛尾焼きプロジェクトは、以下の手順によって構成されている。

  • 葛尾村内で採取した土、粘土を使用する
  • 葛尾村内に新設した炭窯を用いて焼成を行う
  • 複数回のワークショップを実施し制作工程を共有、可視化する
  • 映像や文章による記録を制作し公開する

これらの実践は、文化を保存・展示することを目的とするのではなく、「継承が起こり得る条件」を構築することを目的としている。本プロジェクトの目指す点は、短期的な関係性の可視化に留まらず、制作環境そのものを地域に残すことを重視している点にある。

第3項 葛尾焼きプロジェクトの考察とまとめ

本プロジェクトは短期的な成果よりも、制作環境の持続性に重点を置いている。炭窯の設置と継承者の存在は、「情景制作」が地域に根付くための物理的・社会的条件を形成している。

本プロジェクトでは、将来的な展開として、実際にto Bおよびto Cの双方を視野に入れた制作・流通の構想が進行している。具体的には、地域外の企業や団体との協働による制作、個人消費者向けの販売、ECサイトを通じた流通などを想定している。これらは単なる経済活動ではなく、制作と使用、関係性が循環する構造を地域内外に拡張する試みである。

本プロジェクトの最終的な目標は、筆者の介入がなくとも、地域内で制作と経済が自律的に循環する状態を成立させることである。その実現は、筆者にとって一定の喪失感を伴う可能性を含んでいるが、その役割の移行を引き受けること自体が、本プロジェクトの重要な要素である。

工芸が地域に根付くまでには、プロジェクト、プログラム、ムーブメント、カルチャーと段階的な変化を経るとされる。自身の役割はムーブメントを形成する段階までと位置づけ、それ以降の展開は地域に委ねられるべきであると考えている。

結論

本論文では、陶器制作を起点とした情景制作の方法とその意義を、場七陶芸部および葛尾焼きプロジェクトの実践を通して検討した。両実践はいずれも、電気窯や専門施設といった既存の制作条件から距離を取り、簡易的な焼成方法や共同制作の構造を採用することで、陶芸というジャンルが内包してきた設備的・制度的特権性を相対化する試みであった。その結果、制作行為は特定の技能者や場所に限定されるものではなく、共有可能なプロセスとして再構成され得ることが示された。

本研究の貢献は、SEAの文脈と接続しつつ、物質的成果を伴う制作を通して、関係性の生成と作品性を同時に成立させる枠組みを提示した点にある。特に、制作行為そのものを開示し、継続的な関係性や制作環境の形成を重視する点において、従来のワークショップ型実践とは異なる位置づけを持つ。

一方で、情景制作の影響は短期的に可視化されにくく、その評価は完成作品の有無や数量によって測定することが困難である。制作環境がどのように維持され、関係性がいかに更新され続けているかといった条件を含め、長期的な視点から検討する必要がある点は、今後の課題として残されている。

陶器制作を起点とした情景制作は、特定の地域やプロジェクトに限定されるものではなく、あらゆる場所や文脈においても応用可能な実践である。本論文が提示した方法と視点は、陶芸というジャンルをより開かれたものとして捉え直すための一つの試論として位置づけられる。陶器制作を起点とした情景制作は、かつて生活の必然であった制作行為が、いかにして特権化・商品化されてきたのかを問い直す実践でもある。簡易的な焼成方法や共同制作の構造を通じて、本研究は、陶芸を再び共有可能な行為として位置づけ直す一つの試みを提示したと言える。

註

※1) 共同アトリエ場七とは、愛知県岩倉市を拠点とし、愛知県を中心に活動する20〜30代の作家・デザイナーが集まり、イベントの企画や作品制作を行う共同スペース

※2) ハマカルアートプロジェクトとは、東日本大震災と原発事故により大きな被害を受けた福島県内の12市町村を対象とした、地域での創作活動を支援するプロジェクト

参考文献

※1) Pablo Helguera(パブロ エルゲラ)『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』、2015年3月25日、株式会社フィルムアート社

※2) REAR 芸術批評誌[リア]芸術+批評+ドキュメント[特集]土のしごと、2015年5月11日、リア制作部

※3) 十和田市現代美術館編、『地域アートはどこにある?』、2020年3月31日、堀之内出版